(画像出典元:パプリカのジャケットより)

パプリカの米津玄師バージョンが8月9日にYoutubeにアップされました。
しかもMV付きのフルバージョンです。

Foorinも良いのですが、個人的には米津玄師が歌っているのが好きですね。
懐かしいような、切ないような、そんな気持ちになってしまいます。
まんが日本昔ばなしの「にんげんっていいな」に近いどこかもの悲しい哀愁のようなものを感じてしまいます。

「2020応援ソングプロジェクト」の曲として米津玄師が作ったわけですが、なんだかとっても泣きたくなります。
応援ソングなのになぜだ!!!

それでは米津玄師のパプリカの歌詞の意味やみんなのうたのMVの考察を行いたいと思います。
長崎との関連についても!

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パプリカの歌詞の意味!

以前パプリカに対する米津玄師のコメントがあったので貼っておきます。

子どものころを思い返すことがここ最近の音楽活動に於いて、重要なテーマになっていたところに、ダイレクトに子どもへ向けた音楽を作ることになりました。
子どもたちが素直に楽しめるものを作るためには、子どもの目線で生活を省みつつ、まず子どもを舐めないところから始めるべきだと思いました。
この曲を聴いた子どもたちが、小さな世界を元気に生きていく為の糧になりますように。
(引用元:米津玄師コメント*

とりあえず歌詞全文。

曲がりくねり はしゃいだ道
青葉の森で駆け回る
遊び回り 日差しの街 誰かが呼んでる

夏が来る 影がたつ あなたに会いたい
見つけたのは一番星 明日も晴れるかな

パプリカ 花が咲いたら 晴れた空に種を蒔こう
ハレルヤ 夢を描いたなら 心遊ばせ あなたに届け

雨に燻り 月は陰り
木陰で泣いてたのは誰
一人一人 慰めるように 誰かが呼んでる

喜びを数えたら あなたでいっぱい
帰り道を照らしたのは 思い出の影法師

パプリカ 花が咲いたら 晴れた空に種を蒔こう
ハレルヤ 夢を描いたなら 心遊ばせ あなたに届け

会いに行くよ 並木を抜けて 歌を歌って
手にはいっぱいの 花を抱えて らるらりら

会いに行くよ 並木を抜けて 歌を歌って
手にはいっぱいの 花を抱えて らるらりら

パプリカ 花が咲いたら 晴れた空に種を蒔こう
ハレルヤ 夢を描いたなら 心遊ばせ あなたに届け
踵弾ませ この指とまれ

最初に聴いた感じでは切なさはあるものの、子供の頃を思い出すような歌詞ばかりです。
子供にも人気なので、子供にもうまくハマっているんだと思います。

曲がりくねり はしゃいだ道
青葉の森で駆け回る
遊び回り 日差しの街
誰かが呼んでる

子供たちが数人で元気に遊んでいる風景が思い起こされます。
「青葉の森」「日差しの街」というワードでは誰しもが連想する光景があるはずです。

夏が来る 影がたつ あなたに会いたい
見つけたのは一番星 明日も晴れるかな

この部分も「夏が来る」と昂揚するのは子供の夏休みを連想させられ、毎日遊んで過ごす無邪気さが現れています。
一番星とは宵の明星(金星)のことで、日没を表していて、遊び終わりの帰りであり、明日もまた遊ぶというのが暗に意味されています。
Bメロで使われている「あなた」は子供の頃の淡い恋の対象であるとも取れ、一番星にもメタファーとしてかかっています。

パプリカ 花が咲いたら 晴れた空に種を蒔こう
ハレルヤ 夢を描いたなら 心遊ばせ あなたに届け

サビ部分ですね。
パプリカについては米津玄師自身が語感がよく、野菜としてのパプリカも色鮮やかで可愛いとインタビューで話しています。
また花が咲いていることから、後述するパプリカの花言葉「君を忘れない」の意味もかかっているでしょう。

子供の恋がそのまま将来実を結ぶことはほとんどありませんが、その種を蒔く行為は未来が対象になっています。
恋の経験という意味合いで解釈すると、その恋が実ることはないが忘れ去るような無駄な経験ではなく、将来の自分にプラスの影響を与えてくれるものとなります。
ですのでこの中で言う「あなた」は聞いている人であり、主観の自分と客観の自分も内包しています。

ちなみにハレルヤは神の恵みへの感謝を表す語です。
これも後述するパプリカの花言葉との関連があります。

雨に燻り 月は陰り
木陰で泣いてたのは誰
一人一人 慰めるように 誰かが呼んでる

燻るとは「あれこれと思い悩む」ことです。
雨が降ってしまい、1番の歌詞とは対照的に外に遊びに行けない様子がわかります。
雨、月、木陰など単語からもどことなく暗く悲しいイメージが想起されます。

喜びを数えたら あなたでいっぱい
帰り道を照らしたのは 思い出の影法師

2番Bメロも思い返している内容になっています。
ここの影法師とは夕焼けに照らされた長くのびた影であり、過去のメタファーにもなっています。
この部分の「あなた」は1番Bメロと同じく好きの対象者であるとともに、過去の自分自身とも取ることができます。

会いに行くよ 並木を抜けて 歌を歌って
手にはいっぱいの 花を抱えて らるらりら

かなりポジティブな部分で、並木を抜けると視界が広がるのでかなり前向きにさせられます。
「手にはいっぱいの花」は自分を取り囲む友達や喜びそのものと言えます。

踵弾ませ この指とまれ

最後は説明不要ですが、楽しさが溢れていて、やはり子供らしさのある歌詞です。
大人視点でも、子供時代を思い起こす歌詞で締めくくられていますね。
もう戻れない過去というのがどこか哀愁を呼び起こします。

子供からするとまさにリアルタイムな内容ですが、大人からすると忘れていた子供の記憶が蘇るような感覚があります。
ぼくたちそれぞれが持っている懐かしさのシニフィエにこの楽曲はなっているんだなと思いました。

パプリカの花言葉

「パプリ~カ 花が咲いたら~」
パプリカは野菜として一般的に食べているので、パプリカと聞いて花をイメージするよりも、野菜として売られているパプリカをイメージしてしまうのではないでしょうか。

でもよく考えてみればトマトだってキャベツだって花は咲きますよね。
パプリカの花はこんな感じです。

真っ白な星形できれいですね。
花言葉は

  • 同情
  • 哀れみ
  • 海の利益、めぐみ
  • 君を忘れない

があります。

MV、みんなのうたの考察

みんなのうた、MVでは割と歌詞と連動しているアニメーションになっています。
加藤隆によるもので、パプリカのジャケットも彼によるものです。

冒頭シーンでは大人になった男の子から始まっていて、そこから子供になっているので、一連の子供のシーンは過去の回想になっています。
また赤いマントをした子供は「妖精」のようなものであり、大人には見えていません。

向日葵や麦わら帽子、うちわ、花火のシーンなどから夏なのがわかりますね。
Cメロから大人に戻ったカットの後にまた子供に戻り、赤いマントの女の子に会いに行きます。
この子供は過去に戻っているわけではなく、感覚的に童心に返っている表現ですね。

また花火がはじける前に彼岸花のようになっていたり、赤いマントの子供に会いに行った場所で彼岸花が映っています。

(パプリカMVスクリーンショット)
ここで連想されるのは赤いマントの女の子は死者です。

夏と言えばお盆ですが、お盆にはお墓参りをしますよね。
また故人の霊が返ってくるとも言われています。

もう亡くなってしまった大切な人との思い出が蘇るのが「お盆」でもあり、過去を懐かしむ、忘れないという行事でもあります。

そう考えるとこのMVでは里帰り(お墓参り)の解釈もできるし、赤いマントの子供は霊的なものとも概念的なものとも言えます。

ここも花言葉と関連しており、海の利益やめぐみを連想させます。

(パプリカMVスクリーンショット)

MVのいろいろなところに描かれている鳥は引きだと頭が赤くなかったのでコウノトリかと思いましたが、最後のシーンでは鶴でした。
海のシーンはカモメもしくはウミネコ。

(パプリカMVスクリーンショット)

これは鶴あるいはコウノトリ。

(パプリカMVスクリーンショット)

これは鶴。

(パプリカMVスクリーンショット)

鶴は長寿や繁栄のシンボル、コウノトリも赤ちゃんを運んでくると言われているので子孫繁栄です。

8月9日の意味

Youtubeにアップロードされた日付が8月9日というのも意味がある気がします。

まずは長崎市への原子爆弾投下が行われたのが8月9日ですよね。

そう考えるとそう取れなくもない歌詞やMVだなと感じてしまいます。
不思議です。
しかしあくまで推測にすぎないので別の意味があるのではないでしょうか。

「2020応援ソングプロジェクト」は東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会により「東京2020公認プログラム」として認証されています。
そして1年後の2020年8月9日はオリンピックの閉会式がありますね。

こちらの方がしっくりきます。
閉会式では次に繋ぐバトンや大会を振り返る意味合いもあるので、この曲の過去を回顧しながら進んでいく(パプリカ自体は応援ソングなので)というのは非常に合っています。

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まとめ

パプリカのYoutube動画では長崎の原爆と関連したコメントが数多く見られます。
個人的に制作者サイドにその意図はないと思いますが、解釈は人それぞれ自由なので、歌詞やMVは自分が感じ取ったままでいいと思います。

日本語のコメントでは楽曲自体への評価もありますが、曲の意味合いのコメントが結構多いです。
英語のコメントでは声やリズムなど楽曲自体を称賛するコメントがほとんどです。

当たり前ですが、この曲を聴いて(映像がなかったとしても)懐かしさを感じられるのは日本人の文化的背景があるんだなと感じました。