8月1日から愛知県で行われている国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」がめちゃくちゃ炎上していますね。
多くの人が知っている通り、炎上の理由は「あいちトリエンナーレ」にて展示された慰安婦像や昭和天皇の御真影を焼く映像のせいです。

それらの問題となった展示物は炎上の末、展示の中止が決まりました。

そもそも「あいちトリエンナーレ2019」のコンセプトはなんだったのでしょうか。

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「あいちトリエンナーレ2019」のコンセプト

「あいちトリエンナーレ2019」のテーマは「情の時代」です。
芸術監督は津田大介。

人間は、たとえ守りたい伝統や理念が異なっても、合理的な選択ではなくても、困難に直面している他者に対し、とっさに手を差しのべ、連帯することができる生き物である。
いま人類が直面している問題の原因は「情」にあるが、それを打ち破ることができるのもまた「情」なのだ。

われわれは、情によって情を飼いならす(tameする)技(ars)を身につけなければならない。
それこそが本来の「アート」ではなかったか。アートはこの世界に存在するありとあらゆるものを取り上げることができる。
数が大きいものが勝つ合理的意思決定の世界からわれわれを解放し、グレーでモザイク様の社会を、シロとクロに単純化する思考を嫌う。

近代以降、日本のものづくり産業(ars)をリードし続けた愛知という地域は、都市であり地方であり、「普通の日本人」だと自認する人々が暮らす非凡な社会である。
ナショナリズムとグローバリズム、エリート主義と反知性主義、普遍主義と相対主義、理想主義と現実主義、都市と地方、高齢者と若者――われわれが見失ったアート本来の領域を取り戻す舞台は整った。
(引用元:あいちトリエンナーレ2019*

「政治は可能性の芸術である」から始まるように、政治的な芸術作品も展示されていて、今回炎上した慰安婦像や昭和天皇の作品もそうですね。

実際芸術作品では政権への批判やマイノリティーの権利主張、フェミニズムなどの作品はたくさんありますよね。

「表現の不自由展・その後」

問題となった「表現の不自由展・その後」は日本の公立美術館などでは展示の許可がおりなかった作品を収集して展示したものになります。
2015年に東京で行われた「表現の不自由展~消されたものたち」で展示された作品および、その後にさらに展示不許可になった作品を加えた展示になっています。

日本においては確かに表現の自由というのは保証されるべきで、その表現を抑圧するのは問題だとされることも多いでしょう。

今回の「表現の不自由展・その後」も表現の不自由を表現することにより、反発する意見があった上での言論と表現の自由を問うというメタ的な部分があったと思います。

「沸き上がる反感などを可視化する企画だった」と話す津田大介。
炎上目的で行っていたのは明白であり、さらにそれが想定を超え制御できないくらいの大炎上になって、展示を取りやめたのは先日炎上したレペゼン地球と同じものを感じます。

慰安婦像に関しては正直、展示してもいいのではないかと個人的には思うのですが、あまりにも一方的で恣意的なものを感じてしまいます。
慰安婦像は「平和の少女像」とされていますが、日韓の慰安婦問題に関連して考える人も多いし、そう認識させるべく作品が造られている部分もあると思います。

そういう意味で批判意見があがるのは仕方がないですが、展示を中止するほどでもないのではないでしょうか。
ただ昭和天皇の作品や特攻隊員を揶揄した作品に関しては中止になってよかったなと思います。

死者を冒涜するという感覚は日本人には受け入れ難いものがありますし、芸術、表現の自由というだけで片付けられない部分もあります。

日本では天皇はある種特別な存在で、例えばキリスト教圏で聖書を燃やしたり、イスラム社会でコーラン焼いたり、ユダヤ社会でヒトラー賛美したりした作品を展示したらどうなるでしょうか。
問題提起ではなく特定の人を不愉快にさせるのが芸術なんですかね。

大村知事は反日なのか?

大村知事の一連の対応などから反日思想なのではないかと思う人もたくさん出ています。

「河村市長の主張は憲法21条違反の疑いが極めて濃厚」と発言する大村知事。

第二十一条
集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。
検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない。

憲法21条は守られるべきですが、表現の自由というもの自体をどう扱うのかというのは非常に線引きが難しいです。
表現の自由があるので、どのような表現も許されると考えているのであれば問題です。

そしてさらに表現の自由と言っておきながら、問題が大きくなると展示の中止が決まりましたよね。
その後、大村知事と津田大介が一方的に中止したとして、「表現の不自由展・その後」の実行委員会のメンバーが抗議しています。
河村市長「じゃあ『ああいう展示は良いんだ』と堂々と言って下さいよ。」と言っているが本当にその通りで、全然一貫性がないし何がしたいんだと思います。

作品の選定は津田大介に任せていたそうなので、大村知事に反日の意図があったのかはわかりません。
ただそれって怠慢ですよね。
仕事してくださいよ。

それで後から批判があったから中止しますって、展示不許可作品が持つ危うさを認識して、事前にそうならないように作品の選定は大村知事もするべきでしょう。

個展とかじゃなく、巨額の税金を投入した「あいちトリエンナーレ」で、反日プロパガンダ作品が取り扱われたからこそ怒っている人も多いと思います。

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まとめ

「あいちトリエンナーレ」の表現の不自由展はなにがダメだったかというのは、「慰安婦像」が大きくニュースでも取り上げられていますが、そっちよりも天皇や特攻隊員の作品がぼくはダメだと思います。
険悪な日韓関係のタイミングもあり、「平和の少女像」に問題がいくのもわかりますが、それを大きく報道するのも作為的な意図があるのではないでしょうか。

また今回の「あいちトリエンナーレ」では反日色が目立っていたのも問題です。