新海誠監督の作品「天気の子」と「雲のむこう、約束の場所」は似ている部分が多く、両方観ている人だと「天気の子」の受け取り方がまた違ってくると思います。
「天気の子」の後半でエウレカを感じました。

「雲のむこう、約束の場所」でできなかったやつじゃんこれ!!

そんなわけでこの記事では、改めてこの2作品の比較をしながら感想と考察を書いていきます。

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世界を救うか、ヒロインを救うか

前作の「君の名は。」では、世界(糸守町)を救うことが、ヒロイン(三葉)を救うことにもなります。
一方で「天気の子」と「雲のむこう、約束の場所」では、そのどちらかを救うかという選択を強いられます。

天気の子は「天気の子の感想」で書いているので、「雲のむこう、約束の場所」について説明します。

「雲のむこう、約束の場所」では結果的にどちらも救ってしまった

「雲のむこう、約束の場所」でも「天気の子」と同じようにどちらかを選ばなければいけません。
南北に分断されてしまった日本という一種のパラレルワールドの世界の物語で、舞台は青森です。
北海道は共産国家群「ユニオン」に支配され「エゾ」と呼ばれています。
エゾには天高く建造されている白い塔(ユニオンの塔)があり、平行宇宙に関係していると思われます。

塔を用いた未来予測など技術力だけでも飛びぬけており、日米連合は非常に危惧している描写がありますし、実際開戦に踏み切ります。
ユニオンの塔は平行宇宙の観測、未来予測を行う強力な兵器でもあり、ユニオンはその塔を使い世界を書き換えようとしているんですが、それが行われてしまうと劇中の世界は飲み込まれてしまうんです。

塔の設計者であるエクスン・ツキノエの孫娘、沢渡佐由理が同作のヒロインになります。
彼女の意識はユニオンの塔と連動しており、平行宇宙の観測による影響を受け眠りについてしまいます。

ユニオンの塔が正常に作動すれば世界が飲み込まれ、侵食されるのですが、得られた平行宇宙の膨大な情報が佐由理の意識に流れ込んでしまうためと説明があります。

つまり彼女が眠り続けている間は世界は飲み込まれず、彼女が覚醒すると世界は飲み込まれてしまうという二者択一の構図が描かています。

彼女が眠りにつく前に「ヴェラシーラ(飛行機)が完成したら佐由理を塔まで連れていく」と主人公たちが約束しています。
主人公の藤沢浩紀は唯一夢で彼女と逢える人物で、その中で佐由理は現実のほとんどを忘れているけど約束だけは覚えていることを知ります。

約束だけが彼女を現実と繋げているのだと知った浩紀は塔がテロの標的になり、破壊される前に「約束の場所」に連れて行き佐由理を目覚めさせる計画を立てます。
そして彼女を乗せて塔に向かって飛び立つのでした。

彼女が目覚めると世界が飲み込まれてしまうので、目覚めた直後に「シーカーミサイル(PL外殻爆弾)」を使い塔を破壊します。

こうすることで世界も救い、沢渡佐由理も救い出したのです。
しかし結末はバッドエンド(後述)。

大人と子供の描き方

「雲のむこう、約束の場所」ではヒロインに思いを寄せる人物が2人います。
主人公の浩紀と親友の白川拓也です。

浩紀は逃げるように高校の東京に行きますが、拓也は青森に残り塔の研究を手伝います。
しかし拓也の考えは大人になり、高校生なのに煙草を吸うシーンやコーヒーのカットはそのメタファーとして描かれています。
それに加えて、同じ研究室の年上女性の笠原真希に思いを寄せるようになります。

これは諦めでもあり、合理的な生き方とも言えます。
研究室の室長である富澤も「沢渡佐由理には夢を見続けてもらうしかない」と切り捨てています。

いつまでも子供な浩紀と違い、拓也は浩紀の夢の話をガキの遊びと揶揄し、「佐由理を救うのか、世界を救うのかだ」と拳銃を突きつけます。
「すぐ仲直りするから」と浩紀が言うように、2人は協力して佐由理を救いに行きます。

拓也は東京に逃げた浩紀に怒っていたんだと思います。
そして自分では佐由理を救えないことにも。

「雲のむこう、約束の場所」はバッドエンド

冒頭では戦後にエゾを取り戻した日本で、大人になった浩紀のシーンから始まります。
「いつも何かを失う予感があると、彼女はそう言った」

佐由理にはユニオンの塔からの情報は少しずつ流れ込んできて、それにより自分の大切な気持ち、記憶が失われることを感じていたのかもしれません。
浩紀と佐由理がお互いに好きになっていくのは夢の中での話です。

孤独で独りぼっちだった中で、ずっと浩紀を想っていたこと。
夢の中で浩紀だけが逢いに来てくれたこと。

クライマックスで佐由理が目を覚ます直前にこう願います。

「神様どうか――今の気持ちを消さないでください。

私たちの夢での心の繋がりがどんなに特別なものだったか。
どんなに浩紀君のことを求めていたか。
浩紀君がどんなに私を求めていたか。
私が今までどんなに浩紀君のことを好きだったか」

目を覚ました佐由理に浩紀は「佐由理」と声を掛けますが、彼女は「藤沢くん」と返し「なにかあなたに言わなくちゃ……とても大切な……消えちゃった」と涙を流します。
残念ながら「浩紀くん」と呼ばなかったことから完全に好きだった気持ち、記憶は消えており、大切な「好きという気持ち」を失ったために泣きじゃくります。

「大丈夫だよ。これからまた……おかえり、佐由理」という言葉でエンディングになるのですが、明らかに2人の想いにはズレが生じています。

「今はもう遠いあの日、僕たちは叶えられない約束をした」

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まとめ

以上「天気の子」と「雲のむこう、約束の場所」の比較、感想と考察でした。
別に新海誠に限った話ではありませんが、彼は作品にある障害を用意します。

  • 「ほしのこえ」と「秒速5センチメートル」では距離(と時間)
  • 「星を追う子ども」では生死
  • 「言の葉の庭」では年齢と立場
  • 「君の名は。」では時空
  • 「雲のむこう、約束の場所」では現実と夢

人によっては違うかもですが、だいたいこんな感じ。
その上でどういう結末を描くかというのは、「君の名は。」以降変化していると思います。

ぼくは新海誠の後味の悪い作風が好きでしたが、「雲のむこう、約束の場所」でも同じです。

頑張ったのに!世界もヒロインも救えたのに!

それを知った上で天気の子を観るとなんだか救われた気がするんです。
だから「君の名は。」は「秒速5センチメートル」から観た方が面白いし、「天気の子」は「雲のむこう、約束の場所」から観た方が違う感じ方ができると思います。
「雲のむこう、約束の場所」観ていない人は是非観てください!